ヒストリー

約20万人の社員全員に受け継がれる
”ヤマトグループのDNA”こそが、原点。

トラック4台からのスタート。

ヤマトグループの創業は1919年(大正8年)。東京の銀座において車両4台を使ったトラックの貸切輸送を開始しました。そこから、新たな発想でそれまでにない事業やサービスを生み出す、ヤマトグループの歴史が始まりました。

1976年にスタートした「宅急便」は、その最も代表的なサービスの1つです。今では当たり前となっている個人間の小口貨物輸送ですが、それまでは国鉄か郵便局に出すしかありませんでした。しかも「いつ届くかわからない」「最寄り駅まで自分でとりに行かなくてはならない」など、大変不便なものでした。このような不便を解消するために「電話一本でお客様の荷物を引き取りに伺い、翌日にお届け先へ配達する」といった宅急便サービスを開始したのです。当時の物流業界の常識を覆すこのサービスは、今では日本全国にきめ細やかなネットワークをもつ社会的インフラとして、年間約18億個の荷物をお取り扱いし、皆様に身近なサービスとなりました。

ヤマトグループのサービス開発

一般的に物流事業者のお客様といえば、運賃をお支払頂く送り主様を指すことが多い中、ヤマトグループでは、荷物を受け取る方も大切なお客様と考えています。

荷物の「受け取り方」への要望はお客様によって様々です。受け取るお客様一人ひとりの利便性を向上させるために、「時間帯お届けサービス」や「ドライバーズダイレクト」、「コンビニ受け取り」、通販等で商品を購入されたお客様が玄関先で品代金を支払う「宅急便コレクト」など、それまでの常識を変える新たなサービスを生みだしてきました。

荷物を受け取るお客様は、送り主様の「お客様」であり、荷物を受け取るお客様に満足いただいてこそ、はじめて送り主様にも満足いただけるのです。送り手、受取り手の双方のお客様に満足いただけないと、高品質なサービスとはいえません。私達はこういった考え方に基づいてサービスの開発を行っています。

ヤマトグループのDNA

ヤマトグループでは受け継がれるDNAがあります。1931年(昭和6年)に制定された「社訓」には、今そしてこれからの時代においても尊ぶべき貴重な教訓が込められています。この「社訓」を、創業の精神として私たちヤマトグループの原点にすえ、今後も継承していきたいと考えます。

  1. 一、「ヤマトは我なり」
  2. 一、「運送行為は委託者の意志の延長と知るべし」
  3. 一、「思想を堅実に礼節を重んずべし」
  • 一、ヤマトは我なり

    ヤマトグループは、お金や設備以上に、「人」が最大の財産と考えている会社です。社員を単なる「人材」ではなく、会社の財産としての「人財」と考え、何よりも「人を尊重」します。社員一人ひとりの「和」の力、「協力・結束・調和」が、ヤマトグループの企業としての力を生み出します。この「ヤマトは我なり=自分自身がヤマトの代表者」という言葉は、ヤマトグループの全員経営の精神を表しています。

  • 一、運送行為は委託者の意思の延長と知るべし

    ヤマトグループは、お客様(委託者)のこころを受け継ぎ、責任と誠意とまごころをもって、迅速かつ正確に荷物をお届けすることを事業の目的のひとつとしています。この言葉は、ヤマトグループの社員一人ひとりが“どうすれば、お客様にもっと満足していただけるか?”と常に考え、実践することの大切さを示しています。

  • 一、思想を堅実に礼節を重んずべし

    社会生活に欠くことのできない公共性の高いサービスに従事するヤマトグループの社員は、一人ひとりが、“いかに社会や生活のお役に立てるか?”ということを、常に念頭におかなくてはなりません。そのために、「礼節(礼儀と節度)」を重んじ、社会の一員としてコンプライアンス(法令、企業倫理等の遵守)を実践していきます。

自分で考え自律的に行動する。ヤマトグループに根付いたこのDNAは、2011年3月11日の東日本大震災においても自然と発揮されました。この時、本社と十分な連絡がとれない被災地の現地の社員が、本社の指示を待つことなく、自らも被災者であるにもかかわらず、避難所への救援物資輸送の協力を自治体に申し出ました。このような自発的な行動が、被災した各地でみられたのです。まさにこの姿勢こそがヤマトグループのDNAを象徴していると言えます。